ビジネスセミナー研究室

独立起業を目指して、アメリカ&日本で受講したビジネスセミナーや講義の内容を中心にご紹介しています
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格言:理念なき行動は凶器であり、行動なき理念は無価値である
言った人:本田 宗一郎
人物紹介:本田技研工業株式会社の創始者。1906年静岡県生まれ。1946年に本田技術研究所を設立し、2年後の1948年には資本金100万円で本田技研工業株式会社を設立する。技術者型経営者で、仕事にかける情熱やチャレンジ精神は、ホンダイズムと称され、多くの共感を呼んでいる。1988年に、日本人として初めて米国の自動車殿堂入りを果たし、世界のHondaへと躍進する。1991年、84歳で逝去。
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理念のない経営は、凶器となる。なぜなら、経営理念は会社のあるべき姿や目的、進むべき方向性などを示すものであり、企業経営の軸となるものだからです。例えて言うなら、経営理念は企業の憲法のようなものです。

理念を元に経営するので、経営理念(憲法)がなければ、戦略や方策(対処法)があやふやになり、ゆくゆくは倒産(破滅)へと導く原因(凶器)となるってことかな。


そして、いくら、「~で社会に貢献する」とか「お客様を第一に考える」とか、立派な経営理念があっても、それを行動に移さなければ、無意味だ、ということです。

...ごもっとも。


ビジネスプランを作成するにあたり、この経営理念は避けて通れない道なので、いろいろ考えています。一つ譲れないのは、「常に相手の立場に立って、物事を考える」ということ。

「これは相手(お客様、従業員、社会など)にとって役に立つのか、喜んでもらえるのか」と考えるということです。


私はよく、メールを書いた後、今度はそのメールを受け取った人になったつもりで読み返してみる。そうすると、書いている時には気が付かなかったけど、もしかしたらこれは誤解されて伝わるかも、という言い回しに気づいたりする。

ビジネスでも、相手の立場になってみないとわからないことなどがあるのではないか。常に自分中心に世界を回すのではなく、相手の立場で物事を考え、本当に喜ばれるサービスを提供していけたらと思っています。


<あとがき>
ベンチャー企業でのバイト、楽しいです。先日はビジネスセミナーの内容を録音したものを編集したのですが、セミナー内容聞けるし、編集しながら、「なるほどー」と思った箇所をメモしたりして、勉強しながら仕事してるといった感じです。ただ、朝8:30起きは、夜型人間の私にはちょっと大変です。。。
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格言:You've got to find what you love
言った人:Steve Jobs
人物紹介:1976年、Steve WozniakとApple Computer Inc.を設立する。1985年、ペプシ・コーラから引き抜いたJohn Sculleyに意見の相違からアップル社を追われ、NeXT Computer Inc.を設立する。1996年、Apple社がNeXT社を買収し、現在はApple Computer Inc.のCEO。
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今日は、アップルコンピューター社CEO、Steve Jobsが、2005年6月12日に、スタンフォード大学の第114回目の卒業式で行ったスピーチの日本語版を見つけたので、ご紹介したいと思います。スピーチの英語版は、こちらから→http://news-service.stanford.edu/news/2005/june15/jobs-061505.html

                         ◆◇◆◇◆

世界有数の最高学府を卒業される皆さんと、本日こうして晴れの門出に同席でき大変光栄です。実を言うと私は大学を出たことがないので、これが今までで最も大学卒業に近い経験ということになります。本日は皆さんに私自身の人生から得たストーリーを3つ紹介します。それだけです。どうってことないですよね、たった3つです。

最初の話は、点と点を繋ぐというお話です。

私はリード大学を半年で退学しました。が、本当にやめてしまうまで18ヶ月かそこらはまだ大学に居残って授業を聴講していました。では、なぜ私は辞めたのでしょうか?

それは私が生まれる前の話に遡ります。私の生みの母親は若い未婚の院生で、私のことは生まれたらすぐ養子に出すと決めていました。育ての親は大卒でなくては、そう彼女は固く思い定めていたので、ある弁護士の夫婦が出産と同時に私を養子として引き取ることで手筈はすべて整っていたんですね。ところがいざ私がポンと出てしまうと最後のギリギリの土壇場になってやっぱり女の子が欲しいということになってしまった。で、養子縁組待ちのリストに名前が載っていた今の両親のところに夜も遅い時間に電話が行ったんです。「予定外の男の赤ちゃんが生まれてしまったんですけど、欲しいですか?」。彼らは「もちろん」と答えました。しかし、これは生みの母親も後で知ったことなんですが、二人のうち母親の方は大学なんか一度だって出ていないし父親に至っては高校もロクに出ていないわけです。そうと知った生みの母親は養子縁組の最終書類にサインを拒みました。そうして何ヶ月かが経って今の親が将来私を大学に行かせると約束したので、さすがの母親も態度を和らげた、といういきさつがありました。

こうして私の人生はスタートしました。やがて17年後、私は本当に大学に入るわけなんだけど、何も考えずにスタンフォード並みに学費の高いカレッジを選んでしまったもんだから労働者階級の親の稼ぎはすべて大学の学費に消えていくんですね。そうして6ヶ月も過ぎた頃には、私はもうそこに何の価値も見出せなくなっていた。自分が人生で何がやりたいのか私には全く分からなかったし、それを見つける手助けをどう大学がしてくれるのかも全く分からない。なのに自分はここにいて、親が生涯かけて貯めた金を残らず使い果たしている。だから退学を決めた。全てのことはうまく行くと信じてね。そりゃ当時はかなり怖かったですよ。ただ、今こうして振り返ってみると、あれは人生最良の決断だったと思えます。だって退学した瞬間から興味のない必修科目はもう採る必要がないから、そういうのは止めてしまって、その分もっともっと面白そうなクラスを聴講しにいけるんですからね。

夢物語とは無縁の暮らしでした。寮に自分の持ち部屋がないから夜は友達の部屋の床に寝泊りさせてもらってたし、コーラの瓶を店に返すと5セント玉がもらえるんだけど、あれを貯めて食費に充てたりね。日曜の夜はいつも7マイル(11.2km)歩いて街を抜けると、ハーレクリシュナ寺院でやっとまともなメシにありつける、これが無茶苦茶旨くてね。しかし、こうして自分の興味と直感の赴くまま当時身につけたことの多くは、あとになって値札がつけられないぐらい価値のあるものだって分かってきたんだね。ひとつ具体的な話をしてみましょう。

リード大学は、当時としてはおそらく国内最高水準のカリグラフィ教育を提供する大学でした。キャンパスのそれこそ至るところ、ポスター1枚から戸棚のひとつひとつに貼るラベルの1枚1枚まで美しい手書きのカリグラフィ(飾り文字)が施されていました。私は退学した身。もう普通のクラスには出なくていい。そこでとりあえずカリグラフィのクラスを取って、どうやったらそれができるのか勉強してみることに決めたんです。セリフをやってサンセリフの書体もやって、あとは活字の組み合わせに応じて字間を調整する手法を学んだり、素晴らしいフォントを実現するためには何が必要かを学んだり。それは美しく、歴史があり、科学では判別できない微妙なアートの要素を持つ世界で、いざ始めてみると私はすっかり夢中になってしまったんですね。

こういったことは、どれも生きていく上で何ら実践の役に立ちそうのないものばかりです。だけど、それから10年経って最初のマッキントッシュ・コンピュータを設計する段になって、この時の経験が丸ごと私の中に蘇ってきたんですね。で、僕たちはその全てをマックの設計に組み込んだ。そうして完成したのは、美しいフォント機能を備えた世界初のコンピュータでした。もし私が大学であのコースひとつ寄り道していなかったら、マックには複数書体も字間調整フォントも入っていなかっただろうし、ウィンドウズはマックの単なるパクりに過ぎないので、パソコン全体で見回してもそうした機能を備えたパソコンは地上に1台として存在しなかったことになります。もし私がドロップアウト(退学)していなかったら、あのカリグラフィのクラスにはドロップイン(寄り道)していなかっ た。そして、パソコンには今あるような素晴らしいフォントが搭載されていなかった。もちろん大学にいた頃の私には、まだそんな先々のことまで読んで点と点を繋げてみることなんてできませんでしたよ。だけど10年後振り返ってみると、これほどまたハッキリクッキリ見えることもないわけで、そこなんだよね。

もう一度言います。未来に先回りして点と点を繋げて見ることはできない、君たちにできるのは過去を振り返って繋げることだけなんだ。だからこそバラバラの点であっても将来それが何らかのかたちで必ず繋がっていくと信じなくてはならない。自分の根性、運命、人生、カルマ…何でもいい、とにかく信じること。点と点が自分の歩んでいく道の途上のどこかで必ずひとつに繋がっていく、そう信じることで君たちは確信を持って己の心の赴くまま生きていくことができる。結果、人と違う道を行くことになってもそれは同じ。信じることで全てのことは、間違いなく変わるんです。

                         ◆◇◆◇◆

2番目の話は、愛と敗北にまつわるお話です。

私は幸運でした。自分が何をしたいのか、人生の早い段階で見つけることができた。実家のガレージでウォズとアップルを始めたのは、私が二十歳の時でした。がむしゃらに働いて10年後、アップルはガレージの我々たった二人の会社から従業員4千人以上の20億ドル企業になりました。そうして自分たちが出しうる最高の作品、マッキントッシュを発表してたった1年後、30回目の誕生日を迎えたその矢先に私は会社を、クビになったんです。どうしたら自分が始めた会社をクビになるんだ?と思われるかもしれませんが、要するにこういうことです。アップルが大きくなったので私の右腕として会社を動かせる非常に有能な人間を雇った。そして最初の1年かそこらはうまく行った。けど互いの将来ビジョンにやがて亀裂が生じ始め、最後は物別れに終わってしまった。いざ決裂する段階になって取締役会議が彼に味方したので、齢30にして会社を追い出されたと、そういうことです。しかも私が会社を放逐されたことは当時大分騒がれたので、世の中の誰もが知っていた。自分が社会人生命の全てをかけて打ち込んできたものが消えたんですから、私はもうズタズタでした。数ヶ月はどうしたらいいのか本当に分からなかった。自分のせいで前の世代から受け継いだ起業家たちの業績が地に落ちた、自分は自分に渡されたバトンを落としてしまったんだ、そう感じました。このように最悪のかたちで全てを台無しにしてしまったことを詫びようと、デイヴィッド・パッカードとボブ・ノイスにも会いました。知る人ぞ知る著名な落伍者となったことで一時はシリコンヴァレーを離れることも考えたほどです。 ところが、そうこうしているうちに少しずつ私の中で何かが見え始めてきたんです。私はまだ自分のやった仕事が好きでした。アップルでのイザコザはその気持ちをいささかも変えなかった。振られても、まだ好きなんですね。だからもう一度、一から出直してみることに決めたんです。

その時は分からなかったのですが、やがてアップルをクビになったことは自分の人生最良の出来事だったのだ、ということが分かってきました。成功者であることの重み、それがビギナーであることの軽さに代わった。そして、あらゆる物事に対して前ほど自信も持てなくなった代わりに、自由になれたことで私はまた一つ、自分の人生で最もクリエイティブな時代の絶頂期に足を踏み出すことができたんですね。

それに続く5年のうちに私はNeXTという会社を始め、ピクサーという会社を作り、素晴らしい女性と恋に落ち、彼女は私の妻になりました。ピクサーはやがてコンピュータ・アニメーションによる世界初の映画「トイ・ストーリー」を創り、今では世界で最も成功しているアニメーション・スタジオです。思いがけない方向に物事が運び、NeXTはアップルが買収し、私はアップルに復帰。NeXTで開発した技術は現在アップルが進める企業再生努力の中心にあります。ロレーヌと私は一緒に素晴らしい家庭を築いてきました。

アップルをクビになっていなかったらこうした事は何ひとつ起こらなかった、私にはそう断言できます。そりゃひどい味の薬でしたよ。でも患者にはそれが必要なんだろうね。人生には時としてレンガで頭をぶん殴られるようなひどいことも起こるものなのです。だけど、信念を放り投げちゃいけない。私が挫けずにやってこれたのはただ一つ、自分のやっている仕事が好きだという、その気持ちがあったからです。皆さんも自分がやって好きなことを見つけなきゃいけない。それは仕事も恋愛も根本は同じで、君たちもこれから仕事が人生の大きなパートを占めていくだろうけど、自分が本当に心の底から満足を得たいなら進む道はただ一つ、自分が素晴しいと信じる仕事をやる、それしかない。そして素晴らしい仕事をしたいと思うなら進むべき道はただ一つ、好きなことを仕事にすることなんですね。まだ見つかってないなら探し続ければいい。落ち着いてしまっちゃ駄目です。心の問題と一緒でそういうのは見つかるとすぐピンとくるものだし、素晴らしい恋愛と同じで年を重ねるごとにどんどんどんどん良くなっていく。だから探し続けること。落ち着いてしまってはいけない。

                         ◆◇◆◇◆

3つ目は、死に関するお話です。

私は17の時、こんなような言葉をどこかで読みました。確かこうです。「来る日も来る日もこれが人生最後の日と思って生きるとしよう。そうすればいずれ必ず、間違いなくその通りになる日がくるだろう」。それは私にとって強烈な印象を与える言葉でした。そしてそれから現在に至るまで33年間、私は毎朝鏡を見て自分にこう問い掛けるのを日課としてきました。「もし今日が自分の人生最後の日だとしたら、今日やる予定のことを私は本当にやりたいだろうか?」。それに対する答えが“NO”の日が幾日も続くと、そろそろ何かを変える必要があるなと、そう悟るわけです。

自分が死と隣り合わせにあることを忘れずに思うこと。これは私がこれまで人生を左右する重大な選択を迫られた時には常に、決断を下す最も大きな手掛かりとなってくれました。何故なら、ありとあらゆる物事はほとんど全て…外部からの期待の全て、己のプライドの全て、屈辱や挫折に対する恐怖の全て…こういったものは我々が死んだ瞬間に全て、きれいサッパリ消え去っていく以外ないものだからです。そして後に残されるのは本当に大事なことだけ。自分もいつかは死ぬ。そのことを思い起こせば自分が何か失ってしまうんじゃないかという思考の落とし穴は回避できるし、これは私の知る限り最善の防御策です。君たちはもう素っ裸なんです。自分の心の赴くまま生きてならない理由など、何一つない。

今から1年ほど前、私は癌と診断されました。 朝の7時半にスキャンを受けたところ、私のすい臓にクッキリと腫瘍が映っていたんですね。私はその時まで、すい臓が何かも知らなかった。医師たちは私に言いました。これは治療不能な癌の種別である、ほぼ断定していいと。生きて3ヶ月から6ヶ月、それ以上の寿命は望めないだろう、と。主治医は家に帰って仕事を片付けるよう、私に助言しました。これは医師の世界では「死に支度をしろ」という意味のコード(符牒)です。それはつまり、子どもたちに今後10年の間に言っておきたいことがあるのなら思いつく限り全て、なんとか今のうちに伝えておけ、ということです。たった数ヶ月でね。それはつまり自分の家族がなるべく楽な気持ちで対処できるよう万事しっかりケリをつけろ、ということです。それはつまり、さよならを告げる、ということです。

私はその診断結果を丸1日抱えて過ごしました。そしてその日の夕方遅く、バイオプシー(生検)を受け、喉から内視鏡を突っ込んで中を診てもらったんですね。内視鏡は胃を通って腸内に入り、そこから医師たちはすい臓に針で穴を開け腫瘍の細胞を幾つか採取しました。私は鎮静剤を服用していたのでよく分からなかったんですが、その場に立ち会った妻から後で聞いた話によると、顕微鏡を覗いた医師が私の細胞を見た途端、急に泣き出したんだそうです。何故ならそれは、すい臓癌としては極めて稀な形状の腫瘍で、手術で直せる、そう分かったからなんです。こうして私は手術を受け、ありがたいことに今も元気です。

これは私がこれまで生きてきた中で最も、死に際に近づいた経験ということになります。この先何十年かは、これ以上近い経験はないものと願いたいですけどね。以前の私にとって死は、意識すると役に立つことは立つんだけど純粋に頭の中の概念に過ぎませんでした。でも、あれを経験した今だから前より多少は確信を持って君たちに言える:

誰も死にたい人なんていないんだよね。天国に行きたいと願う人ですら、まさかそこに行くために死にたいとは思わない。にも関わらず死は我々みんなが共有する終着点なんだ。かつてそこから逃れられた人は誰一人としていない。そしてそれは、そうあるべきことだから、そういうことになっているんですよ。何故と言うなら、死はおそらく生が生んだ唯一無比の、最高の発明品だからです。それは生のチェンジエージェント、要するに古きものを一掃して新しきものに道筋を作っていく働きのあるものなんです。今この瞬間、新しきものと言ったらそれは他ならぬ君たちのことだ。しかしいつか遠くない将来、その君たちもだんだん古きものになっていって一掃される日が来る。とてもドラマチックな言い草で済まんけど、でもそれが紛れもない真実なんです。

君たちの時間は限られている。だから自分以外の他の誰かの人生を生きて無駄にする暇なんかない。ドグマという罠に、絡め取られてはいけない。それは他の人たちの考え方が生んだ結果とともに生きていくということだからね。その他大勢の意見の雑音に自分の内なる声、心、直感を掻き消されないことです。自分の内なる声、心、直感というのは、どうしたわけか君が本当になりたいことが何か、もうとっくの昔に知っているんだ。だからそれ以外のことは全て、二の次でいい。

                         ◆◇◆◇◆

私が若い頃、"The Whole Earth Catalogue(全地球カタログ)"というとんでもない出版物があって、同世代の間ではバイブルの一つになっていました。それはスチュアート・ブランドという男がここからそう遠くないメンローパークで製作したもので、彼の詩的なタッチが誌面を実に生き生きしたものに仕上げていました。時代は60年代後半。パソコンやデスクトップ印刷がまだ普及する前の話ですから、媒体は全てタイプライターとはさみ、ポラロイドカメラで作っていた。だけど、それはまるでグーグルが出る35年前の時代に遡って出されたグーグルのペーパーバック版とも言うべきもので、理想に輝き、使えるツールと偉大な概念がそれこそページの端から溢れ返っている、そんな印刷物でした。

スチュアートと彼のチームはこの”The Whole Earth Catalogue”の発行を何度か重ね、コースを一通り走り切ってしまうと最終号を出した。それが70年代半ば。私はちょうど今の君たちと同じ年頃でした。

最終号の背表紙には、まだ朝早い田舎道の写真が1枚ありました。君が冒険の好きなタイプならヒッチハイクの途上で一度は出会う、そんな田舎道の写真です。写真の下にはこんな言葉が書かれていました。「Stay Hungry. Stay Foolish.(ハングリーであれ。馬鹿であれ)」。それが断筆する彼らが最後に残した、お別れのメッセージでした。「Stay Hungry. Stay Foolish.」 それからというもの私は常に自分自身そうありたいと願い続けてきた。そして今、卒業して新たな人生に踏み出す君たちに、それを願って止みません。

Stay Hungry. Stay Foolish.

ご清聴ありがとうございました。


<あとがき>
人生の成功者達はよく、「今思えば、最大のピンチが最大のチャンスだった」って言いますよね。会社が倒産して無職になった時、リストラされて路頭に迷った時、大失敗をしでかした時などなど。ピンチの後にチャンスがあるんだったら、早くピンチ来て~って感じかな。そういえば、この間の創業塾でいっしょだった男性が、「会社倒産しないかなー。そしたら何の迷いもなく起業するのに」って言ってました。う~ん、複雑。。。



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格言:過去は変えられる
言った人:斎藤一人
人物紹介:「スリムドカン」などのヒット商品でおなじみの銀座まるかんの創業者。2003年度、2004年度納税額日本1位。1993年から全国高額納税者番付の10位以内にただ一人、10年連続で入っている。商売のみによる納税額では日本一。
参考書籍こちらから
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「過去は変えられる」

最初聞いた時「へ?」と思いました。「過去は変えられないが、未来は変えられる」というのはよく聞きますが、過去を変えられるってどういう意味なのでしょうか?

斎藤一人さんは、学校時代は成績も悪く、勉強が嫌いだったそうです。彼の学歴は中卒です。

だけど、成績が悪かったから、早く社会に出られたんだ、そして今みたいに幸せになれたんだ、と今が幸せだと、つらい過去や思い出もオセロのようにポンポンと幸せに変えていけるそうです。

「今」がいかに幸せであるかを考え、「いま、幸せだ」と感じることが最も大切だそうです。そうすれば、オセロのように過去もすべて幸せになり、また未来も全部幸せになると言っています。

私の考え方もちょっと似ているかな。

私の信念は、「今やりたい事をやる!」です。明日、空から看板が落ちてきて死んじゃうかもしれないし、明日死んでも後悔しないような生き方をしたいです。

高校1年生の時、現代文の授業で短歌を作る宿題がありました。全員の短歌を先生がクラスの前で読んで、一言ずつコメントをつけていきます。

私の短歌は、

もしも今 10年前に戻れたら 後悔せずに 生きてゆくのに

15歳の私は、もう一度人生やり直せたらいいのにと思っていました。私の短歌を読んだ先生は、「私だったら、『もしも今 10年先が見えたなら 後悔せずに 生きてゆくのに』 と詠むわ。」と言いました。

当時は、へーそういう考え方もあるのか、と思っただけでしたが、先生は、“過去には戻れないけど、未来だったら自分次第でいくらでも変えていけるのよ”とメッセージを送ってくれていたのかもしれません。

幸いここ10年は自分がやりたいことをすべてやってきたので、今は10年前に戻りたいとは思いません(笑)。

だけど、未来だけでなく、過去をも変えられるんだ、と言う斎藤一人さんの言葉に、心が軽くなる思いがしたので、今回、皆さんにもご紹介させて頂きました。

<あとがき>
明日は敬老の日ですね。私はおばあちゃん大好きっ子なので、サンフランシスコにいる時もオンラインショップからお花送ったりしていました。一番最初に花キューピッドを考えた人は、好きな人が遠くにいたのかな?素敵な制度ですよね。



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格言:一時間の演説なら即座にできる。二十分のものでは二時間の準備が必要だ。五分のものだと、一晩構想を練らなくては。
言った人:Wilson, Thomas Woodrow 
人物紹介:アメリカ第28代大統領。民主党。53歳までプリンストン大学学長を務め、その後政治的な才能を着目され、ニュージャージー州知事に立候補し、当選する。改革、文章・演説の才に長け、1912年、56歳の時に大統領候補になり、圧勝。翌3月、アメリカ第28代大統領に就任する。
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今日は、へーと感心したウィルソンさんの言葉の紹介です。普通に考えて、演説時間が長くなればなるほど、それだけ準備が必要かと思えば、そうではなく、短い時間で自分の伝えたい事を言うことの方が難しいんですね。

「スピーチと女の子のスカートは短い方がいい」と言いますが、限られた時間の中でいかに自分の言いたい事を伝えられるかって大事ですよね。

私は人前で話すの好きなので、大学院でのプレゼンテーションや、語学学校でスピーチしたりするの大好きなのですが、30分のプレゼンを準備するのに1晩はかかります。。。まだまだですね。


<あとがき>
情報商材を売る人達は、ホームページに顔写真を掲載した方が、顧客に安心感を与えられるし、売上も伸びるそうです。私のブログの写真はうちの愛犬ですが、自分の顔写真載せたほうが読者のみなさんに親近感もってもらえるのかなぁ。でも一方では、女の子がネットに顔写真出すなんて、絶対やめたほうがいいよ!と心配してくれる人達もいます。どうなんだろ。間を取って?似顔絵でも載せるかな。

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格言:Cash is king.
言った人:Franco Cirelli
人物紹介:CPA(米国公認会計士)であり、ファイナンスのコンサルタントでもある。イタリア語と英語のバイリンガル。
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Cash is king.

これは私のビジネスクラスのCirelli先生がよく言っていた言葉です。

「Cash is king.」って最初聞いた時は、え?何何?現金は王様?比喩で言っているの???と思いましたが、この場合のkingは形容詞なので、現金は大きな影響力を持つ、とか、最も重要なという意味です。

「王様」という意味で使う場合は名詞なので、"a"や"the"の冠詞が前につきます。

Accountingでassets(資産)に含まれるものはCash(現金)のほかに、account receivable(売掛金*)やinventory(在庫品)などがありますが、Cirelli先生は、現金が一番重要、このことをよく覚えておきなさいと言いました。

*売掛金:先に商品の受け渡しをして、後日代金を受け取る権利(債権)のこと

Cirelli先生の授業内容等はまたの機会にご紹介したいと思います。さすが、CPAだけあって、会計の知識が豊富で、沢山の計算式が出てきて面白いです。


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格言:プールの水を「とりあえずおちょこで」汲み出しはじめられる人間になれ
言った人:堀之内 九一郎
人物紹介:(株)生活創庫 代表取締役社長。マネーの虎でお馴染みの元ホームレス社長
参考書籍どん底からの成功法則
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目の前には25mプールがあります。あなたはこの中の水を、栓を抜く以外の方法で汲み出せと言われたらどうしますか?周りにあるのは小さなおちょこだけです。

とりあえずおちょこを使って汲み出してみますか?もっといい方法はないかと考えますか?おちょこで水を全部汲み上げるなんて無理だと諦めますか?

堀之内 九一郎は、

プールの水を「とりあえずおちょこで」汲み出しはじめられる人間になれ

と言っています。とりあえずおちょこを使って始めてみる。一生懸命汲み上げているうちに、ちょっと先にプラスチックのコップがあるのに気づく、コップで汲み上げていると、今度は近くにバケツが転がっているのに気がつく。次はポンプを見つけて、最後には水を全部汲み出すことができます。

どんなに効率が悪くても、とにかく目標に向かって小さな一歩を踏み出し、こつこつと続ける人間こそが、「無」から「有」を生み出すことができ、成功を手にするのだと言っています。他に何かいい方法はないかとプール際に座ってうんうんと考えていてもなかなかいい考えは浮かばず、結局1時間経っても水は一滴も減っていないということです。

↓堀之内 九一郎の本。一気に読んでしまいました。おすすめです。
「どん底からの成功法則」




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格言:Dream Like a Child, Decide as an Adult 
言った人:Romanus Wolter
人物紹介:起業家であり、コンサルタントであり、コラムニストであり、私のおすすめの本コーナーでも紹介した、Kick Start Your Dream Businessの著者
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Dream Like a Child, Decide as an Adult 
(子供のように夢を見て、大人として決定せよ)

これは私が受けたビジネスクラスのウォルター先生がよく言っていた言葉です。

“Dream Like a Child, Decide as an Adult”については、

Every day wake up and observe the world through a child's eyes - see what is new and where the opportunities are. Ask for help. Then as an adult, use your intuition, knowledge, and heart to decide what is the next best action to take --- and TAKE IT!

(毎朝起きて、子供の見方で世界を観察しなさい - 新しいものは何か、機会があるのはどこかを見なさい。助けを求めなさい。そして、大人として、次に取るべき最善の行動は何かを決める為に、あなたの直感や知識、そしてハートを使いなさい - そしてそれに取りかかりなさい!)

と言っています。

子供の頃は、プロ野球選手になりたいとか、石油王と結婚して大金持ちになりたいとか、自由に夢を語っていましたよね。でも大人になると、やっぱりちょっと無理かも、と諦めたり、すべてが可能だと思っていた子供の頃とは状況が変わってきます。

ウォルター先生は、「Don't give up your dream! Kick start it!」と言って、夢を実現させる為の基礎や、目標と成功のギャップを縮めるステップを教えてくれました。彼の授業はとても説得力があって、ワークショップを取り入れたり、親身になってアドバイスしてくれたり、毎回楽しみにしていました。

そんなウォルター先生の授業を垣間見たい方は、こちら まで。


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